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カテゴリ:BTOU05( 35 )


北京-ウランバートル日記 第15話

 バイクを見に行くとハンドルは曲がり、ゼッケンプレートは無く、サブフレームが歪んでいた。本人はメディカルに居るとのことで様子を見に行く。メディカルでは診察が行われ、痛そうに掘エッチがゆっくり動きながら診察されていた。聞くとダブルコーションを見落として前転したらしい。その後もマップが動かないのでローレンスさんに付いて走っていたが、キャメルバックホースの取り付け口の不調で水が出なくなり、水も飲まずに帰ってきたとのことだった。診察の邪魔になるといけないのでその場を去り、食事を取ってからまた様子を見に行くこととした。様子を見に行くと横になって点滴を受けていた。
「明日も走る?」と聞くと
「うん」との返事だった。根性である。バイクを修理してやろうと思った。
バイクの修理をしたいが、荷物がまだ来ないので、修理の時間を考え、先に寝ることにした。

 テントをゆすられる音で目覚めた。まるが起こしてくれたようだ。時計を見ると11時過ぎ、まずは自分のバイクのタイヤと、エアクリーナーを交換した。その後、堀エッチのバイクの様子を見る。マップ周りは破壊され、サブフレームは曲がって、タイヤと干渉していた。まずサブフレームの修正から取り掛かることとした。バイクを倒し、二人がかりで引っ張って何とか干渉しないところまで修正した。その後、メーター周りを予備品と交換して、何とか形になったが、ゼッケンプレートを何処かで落としたらしく変わりになるものを探すが適当な物が無い。仕方なくダンボール箱をナイフで切っていると、小川さんが、「これどお?」とケナフで出来ているキャンプでの食事用の紙皿を持ってきた。時刻は2時を過ぎハイになっていた2人はそれに即決し、手際良くお皿に穴をあけ、穴の破れ防止にガムテープを張るなどの気配りを施し、タイラップで止めた。結局掘エッチはそのままケナフのお皿で完走した。ケナフ恐るべし…
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by xr_kaz | 2006-03-10 21:04 | BTOU05

北京-ウランバートル日記 第14話

RCPを出発し、コーションマークの多い道を進む。初めてのトリプルコーションでは、かなり前から減速してどんなのが来るのか構えて走っていた。確かにトリプルコーションはそのまま行くと、ただでは済みそうに無い、その後もトリプルは慎重に走行することにした。

 この日は初めてのCAP走行も体験した。道の無い荒野を進む、時よりSSERのコーステープの破片を見つけたりして、はじめは驚いたが後で目印だという話を聞いてなるほどと納得した。CAP走行も終了し、メインピストに合流する。多分距離が合わないので目印になりそうなコマ図を見つけ補正しようと思っていると、枯れ川でシングルコーションのコマ図があった、そこまでは多少ゆっくり進み枯れ川を発見してから補正した。398.92kmのオボーでまたCAP走行に入り今度も何とか電線沿いのピストを発見することが出来た。
今度はGPSポイントが在ったのでそこで距離を補正し、先へと進む。その先もコーションマークが多く、注意深く走行する。大きな枯れ川の中を走るが、タイヤの跡が無い、もしやトップか?と思い走行するが、ゴールに帰り着いたらガントルガ選手とボルドバートル選手は帰り着いていた。

 オイルを交換した後、荷物がまだ到着していないのでテントを張り、バイクを見ていると、大阪の厚主さんが「39番さんがクラッシュして大変なことになってる」と教えてくれた。39番は九州から一緒に出場している仲間の堀エッチである。
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by xr_kaz | 2006-03-09 18:27 | BTOU05

北京-ウランバートル日記 第13話

ゴールドラッシュのピストの234.57km CAP270地点のコマ図で指示は右に曲がるとなっていたが、道が解らない。右に行く道どころか分岐が無いのだ。距離がおかしいのか道が最近ブルドーザーで押されたような感じの綺麗な道なので道が変わったのだろうか?と想像するが、全くわからない、ぐるぐる回っているとボルドバートル選手が何事も無かったかのように目の前を通り過ぎていった。仕方が無いのでこの次のコマ図を目指してみる。すると距離もピッタリで次のコマ図の道に入った。さっきの右折は何だったんだろうか?しかし次々と正しいコマ図が出てくるのでオンコースであることを確認した。
 その後は道に迷うことなくオンコースを走行し、村の外れのRCPに到着した。初めてのRCPだったが、そこで信じられない光景を見た。遠くから見覚えのある人が歩いてくる。馬場ちゃんである。腕を三角巾のようなもので吊ってこっちに歩いてくる。ライディングウエアを着ていない所からして、リタイヤしたんだろうと想像出来たが、掛ける言葉に困った。九州から一緒に来たメンバーがリタイヤして辛かった。事情を聞くと、本人は覚えていないらしく、人に聞いた話らしいが、後続のドライー(池町さんらしい)によると、はじめは何かが見えて、近づくにつれバイクだと解り、さらに近くに人が倒れていると解って、あわてて近づき、呼び掛けたら意識を取りもどしたということらしい。いつも元気な馬場ちゃんだが、その時ばかりは痛さと、悔しさのためだろうが、その明るさは無かった。
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by xr_kaz | 2006-03-06 18:06 | BTOU05

北京-ウランバートル日記 第12話

ETAP3
 朝起きて暗いうちにトイレに行くこととする。回りは隠れる所の無い大平原である。あちこちにヘッドライトが点在し、トイレ中であることを示している。
 トイレを済ませ、朝食をとり、ブリーフィングに参加する。今日は564.66kmと比較的長いステージとなる。スタートしてすぐの村でアンテナを目印にするようにとの指示があり、書き留める。
 スタート順を確認すると尾島さんが1位、ランクルのハマーが2位、続いて3位に私の順番だった。3位という順位は意外で、うれしい反面、競技を意識しないと決めた気持ちに少し揺らぎが出てきた。
 TOPのスタートを見て、土煙が見えなくなる前に自分のスタートとなった。アクセルをじわりとあけて、スピードが乗ったところで全開にする。走りやすいピストで、あっという間に最初の村に到着した。
 ブリーフィングでの指示通り、アンテナの右を目掛けて進むと、さらに右のピストから尾島さんが帰ってくる。どうも間違えたらしい。尾島さんの方がペースが速いので先に行かせ自分のペースで走っていると案の定尾島さんは見えなくなっていった。
 走行していて気が付いたが、今日はどうもコーションマークのレベルが昨日に比べて上がっている。昨日のダブルコーションレベルのギャップが今日のシングルコーションになったような感覚だった。その事を頭に叩き込み、その後の走行を引き締めた。
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by xr_kaz | 2006-03-05 21:35 | BTOU05

北京-ウランバートル 第11話

 129.39km初めての村の走行に入る。コマ図には「村の左はしへ」と注釈が書いてあり、左に向かう。Green roof red wall 「緑の屋根の赤い壁」とコマ図にあり、探すが解らない。歩くぐらいのスピードでゆっくり進むが解らない。その先のバスケットボールコートを今度は探すがそれも解らずかなり勘で走行していると、バイクに二人乗りの日本で言えば中学生位の少年に、ジェスチャーで「違う違う」と教えてもらい、反対向きに指を差している。指の方角に走ると目印の看板を発見し、オンルートを確認した。

 コマ図に示された山に向かい緩やかな登りを登りきるとCPが現れた。こんなに何にも無いところで日本人に合うとホッとする。CPのスタンプをもらい、しばらく走行すると、次の村が現れた。今度は間違えないように前の村よりさらにゆっくり走行する。CAP240で村を出るとあるが、GPSの電源が入っていないので解らない。困っていると、数台のライダーが同じ方向に進んでいく、付いて行くが、そのせいで今の距離が解らなくなった。仕方ないので、前を行くKTMに付いて行く。(後で気が付いたが河田さんだった)244.63kmの薄いピストを左に曲がらず真っ直ぐ行ってしまいUターン(しかし私はそこまで距離が不明なので何故Uターンしたのかが解ってなかった。)、ピストに乗る所でようやく現在位置が解り、距離を補正する。しかし、その後の砂のピストでガソリンがリザーブとなり河田さんを見失ってしまう。不安になりながらも進んでいると257.64kmのコマ図にあるメインピストを発見し、安心する。またしばらく走るとその日のゴールが遠くに見え、アクセルをさらに開けた。

 ゴールするとオッジーが既にくつろいでいる。かなり先行していたらしい。今年はオッジーが優勝かな?と思った。ヘルメットを脱ぐと耳がキーンと鳴ってしばらく止まない。風切り音でそうなったようである。さらに、トイレを我慢していたためか、膀胱の辺りが痛い、オシッコをすると痛みを伴う、次の日からはトイレを我慢するのをやめようと思った。耳鳴りがひどく、テーブルに座り、他のライダーと今日の話しをしているときも自分の声がおかしい感じがしていた。
キャメルバックの水を飲んで、ランチパックを食べていると、まるが帰ってきた。彼女は前回リタイヤしていたので、多少心配はあったが、なんとまだライダーがそんなに帰ってきていないのに、かなり前半で帰って来た。前回のリタイヤから何処に行くにもいつもXR400で、頑張っていたので、当然といえば当然だが実際帰って来たのを見て安心した。
今日はあまり体調が優れないのでテントを建てて早めに就寝することとした。
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by xr_kaz | 2006-03-03 18:28 | BTOU05

北京-ウランバートル日記 第10話

 JRM社長の菅原さんのカウントダウンでスタートを切った。どんなペースで走って良いのか解らないので、序所にアクセルの開度を開けてみる。すると早速電線を左に行くところを右に行ってしまい左に戻る。距離を補正し、次の6.75kmのコマ図を目指す。それらしい地点にくるが、距離が合わない、またICOを補正する。どうもホイル径の設定が合っていないようだ。今更補正出来ないので、コマ毎に小刻みに補正しながら進む。CAP走行も初めてなので分岐毎にGPSのCAPを見てみる。小刻みに変化する数字を見て、だいたい合っていることを確認しながら走行しているとGPSの電源が切れた。初日からついてない。ホイル径の合っていないICOのみが頼りとなりなってしまうが、何とかコマ図をひとつづつクリアしていく。GPSは使えないので前走者の土煙を発見すると安心する。

 心配していたライディングには問題無く、スピードが乗るので逆に安定するようである。しかし、砂のワダチが深いところなどが突然現れるとヒヤリとする場面もあり、無理は禁物であることを再確認した。今回のラリーでは以前から決めていたことの中で、「競技を忘れる」ということがあった。これは、絶対に守ろうと前々から決めていた。例えば、後ろから抜かれるとすると、その人の土煙がかぶらなくなるぐらいまでしばらく減速する。絶対に追いかけない。ただし、その後は、自分のベストのペースを出来る限りキープする。そうしようと決めていた。ラリーは長い時間と距離の積み重ねである、モトクロスの15分~20分ぐらいの勝負であれば、ホールショットのまぐれ当たりで良い結果になったりもするが、ラリーではまぐれ当たりは通用しないだろうと予想していた。後ろから来た人を追いかける=オーバーペース→無理なライディング→転倒→故障→修理→リカバリーのための無理なペース→転倒・・と悪循環になるだろうと考えていた。実際パスされることは何度もあったが、付いていくことは無かった。
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by xr_kaz | 2006-03-02 20:16 | BTOU05

北京-ウランバートル日記 第9話

ETAP2
 朝起きて朝食を手早く済ませ、昨日の残った作業をしにコンテナヤードに向かう、今日も暑く、影を求めて貨車の近くにバイクを移動し、タイヤのエアを見てPIRRELIのステッカーを貼り、GPSをタイラップバンドで固定する。今日スタートとは思えないほどゆったりとした時間が流れている、しかしこの雰囲気も第二陣が来ると一変する。昼食とランチパックが配られ、スタートまで時間が無い中二陣の方々が自分のバイクを確認したり、ばたばたしているのを見てやっとスタートが近づいていることを実感した。キャメルバックに水をいれ、バイクの水タンクに「命の水」を入れる。このタンク単車屋のアンダーガードに付属のもので、2.5リッター入り実際飲まなかったが、精神面での大きな支えになった。キャメルバックの水を遠慮無く飲むことが出来たのはこのおかげだった。
ブリーフィングが終わり、ガードを着てキャメルバックを背負う、ジャケットを着てファスナーを閉めると、何もしてないのに汗が噴出してくる、かなり心配になってきたが行くしかないのでスタート地点へ向かう。コンテナヤードから出るとすぐに砂の道があり、感触を確かめながら走行する。タイヤのエアが2Mpa入っているので砂利でかなりすべる。しかし、スピードを上げていくと違和感を感じ無くなった。スタート地点に到着するとすぐにエコのスタートが始まる。40番まではまだ時間があり、しばらく待つことになる。キャメルバックの水を飲むと温い水が口に入ってくる。普段日本ではない状況で水をどれだけ飲めば良いのか解らない、取りあえず口に含んで少しずつ飲むようにしてみる。喉の渇きはおさまったが、汗が止めど無く出てくる。早く走り出したいが、まだエコのスタートが終わっておらず、もう少し待ちそうだ。周りを見るとトラックの陰にみんなたかって涼んでいる。真似して入ろうとするが、トラックのエンジンがかかり走り出してしまった。みんな散り散りに自分のバイクに戻りそれぞれに時間をつぶしていた。ようやくチェックカードをもらいスタートラインに並ぶ。
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by xr_kaz | 2006-03-01 18:34 | BTOU05

北京-ウランバートル日記 第8話

整備も終了し、ホテルに帰り昼に行ったレストランで晩御飯を食べ、帰りにレストランの広場をはさんで向かいの「超市」に行き、水とビールを買い込みE-OFFのメンバーと宴会に突入する。今回うなぎさんと同じくお世話になっていたのがE-OFFで、e-offとは宴会OFFの略とのこと、その名前に負けずみんな宴会が大好きらしく、楽しく過ごさせていただいた。メンバーは見た目は普通のおじさんだがバイクに乗ると激しいライディングを見せるオッジーこと尾島さん、(←実際昔、駅で待ち合わせしたとき、スーツ姿の尾島さんを見たが一瞬誰か解らなかった)ラリー経験豊富なカワチャンこと河田さん、いつもニコニコ西村さん、和歌山の元(現?)ロードレーサーの田端さん、埼玉のキャンパー戸井田さん、の楽しい面々だった。この日レース前というのにリラックスしたまま終了することが出来たのはこのメンバーのおかげだった。
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by xr_kaz | 2006-02-28 19:41 | BTOU05

北京-ウランバートル日記 第7話

部屋に入りしばらくして昼食の時間となり、ホテルから広場をはさんだ反対側にあるレストランで昼食をいただく、食事はSSERが手配しており、みんな同じメニューが出てきた。メニューは羊の肉の入ったうどんのようなもので、におい消しにテーブルの上にあった胡椒をたっぷりかけて食べた。私はこのような過酷な状況の場合出されたものは全て食べるようにしていた、うまいまずいではなく、これからの6日間を考えると、食べないことによる体力の低下を避けるため、そうしようと決めていた。
昼食を終え、いよいよバイクに対面するためコンテナヤードに向かう、SSER手配の定期ピストンバスにスーツケースを持ち込み出発する。10分ほどして、駅の線路脇にあるコンテナヤードに到着。そこにはすでに到着したバイクと大量の10kgバックの赤い塊があった。自分のバイクに対面できさらにラリームードが盛り上がってくる、神戸で梱包した時のガムテープが溶けて糊がタンクにベッタリ付いている、また、スポンサーのステッカーが剥がれ、ぶら下がっている状態となっていた。フロント周りも頑丈に梱包していたが、他のバイクと輸送中に当っていたと思われる傷があちこちにある。確認したところカウルとフェンダーだけの傷だったので安心していると、ICOの照明配線が風防にはさまれて断線しかけていた。ここで気が付いてよかったと安心し、さっさと配線をやり直す。ここで早速うなぎさんの工具のお世話になった。配線の断線を直すとスロージェットが薄い(はず)とのことで、日本からフルパワー用のスロージェットを持参していたので交換しようとキャブを開けるが、すでにフルパワー用のジェットが入っていた。(このとき本来はエアスクリュー開度を変えないといけなかったのだが結局そのまま最後まで走ってしまった)
自分のバイクは終了し、まるのバイクのスローを変えないといけなかったので暑い中水を1リッターほど飲んでから取り掛かる。まるのバイクはキックによる体力消耗防止のためセルを取り付けている。そのためフライホイールが重くなっており、そのせいなのかエンジンをかけてアクセルを開けるとエンジンが止まってしまう、神戸で気が付き対策としてスローやその他のセッティングパーツを持参していた。本来ならばもっと早く気がつくべきであったが日本にいたときは静かなマフラーのバッフルを付けていたため気づくのに遅れてしまった。中国に送るに当って初めてフルパワーにしたためそうなってしまった。
スローを交換すると若干症状も改善され、エアスクリューの調整でなんとか我慢できる状態にまでなった。しかし、セッティングと言っても、チョークを引いたまま普通に乗ってしまう彼女に合わせるので、セッティングの最終点は結局「これでいいや」ってことで終了した。しかし、今回お世話になった石原さん(通称? “うなぎ”さん)には驚いた。エアスクリューの調整のための特殊工具(昔の人が吸ってたキセルのような形のドライバー)を持ってきていたのである。そのほかにも考えられた、一つ一つの選定にプロの意志が入った工具の数々、私など、ウエストバックに入る以外に工具などもって行っていなかったのでかなりうなぎさんの工具のご厄介になっていた。
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by xr_kaz | 2006-02-27 21:08 | BTOU05

北京-ウランバートル日記 第6話

今日は国境を越えていよいよモンゴル ザミンウッドヘ、ホテルを出ると国境まで時間はかからなかった。国境へ到着後、出国カードを記入し、出国審査へ、建物は綺麗で、国の玄関らしい重厚な作りであった。バスを降り、我々は徒歩でその建物に入りバスは運転手以外は無人の状態で建物の外を迂回して反対側の出口に来た。そこからがバッファゾーンとなっており、何も無い荒れた大地が地平線まで延々続いている、遠くにモンゴル側の国境の建物のようなものと、中国側の見張りの塔が見える、「ここを走り抜けると撃たれるんだろうか?」などと考えると日本にいては感じることの無い緊張感が走る、しかしそれも国境タクシー?の人間と荷物の絡み合いを見て緩んだ。荷物満載のため人間の手のやり場にすら困ったらしく、窓から手が不自然な状態で出ている、しかもその車のボンネットにはマネキンの胸だけが縛られもせずそのまま置いた状態で走行している。すごい根性である。
バッファーゾーンを抜けモンゴル側の国境に到着するとそこには、中国側とは異なる日本の村役場ぐらいのサイズの建物が建っていた。外観は綺麗とは言えず、中国との国力の差を感じた瞬間だった。こちらでもお約束の入国カードを記入すると、審査の列に並ぶ、こちらの人間は列に並ぶという習慣が無いのか真っ直ぐ並んでいる日本人の前に普通に割り込んでくる。そのため、入国審査は大渋滞となっていた。入国審査の順番が来ると、入国カードを見た検査官が、私の書いた字が読めなかったらしく、パスポートを見ながらきれいな字で書き直してくれた。
 入国審査が完了し建物の外に出ると見慣れたビッグホーンにゼッケン付のオフィシャル車両に出会った。ようやくラリーに近づいた気がしてきた。そのままバスに乗車し、砂にまみれた町並みを縫うようにしてホテルに到着した。ホテルは駅の前にあり、この町で一番のホテルとのことだったが、部屋のグレードによる当たり外れが激しく、外れは扇風機すらなく、ベッド2個に数人の人間といった状態だった。幸い私と妻は3階の「当り」の部屋があてがわれ、快適?に過ごすことが出来た。
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by xr_kaz | 2006-02-26 21:14 | BTOU05


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