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北京-ウランバートル日記 第10話

 JRM社長の菅原さんのカウントダウンでスタートを切った。どんなペースで走って良いのか解らないので、序所にアクセルの開度を開けてみる。すると早速電線を左に行くところを右に行ってしまい左に戻る。距離を補正し、次の6.75kmのコマ図を目指す。それらしい地点にくるが、距離が合わない、またICOを補正する。どうもホイル径の設定が合っていないようだ。今更補正出来ないので、コマ毎に小刻みに補正しながら進む。CAP走行も初めてなので分岐毎にGPSのCAPを見てみる。小刻みに変化する数字を見て、だいたい合っていることを確認しながら走行しているとGPSの電源が切れた。初日からついてない。ホイル径の合っていないICOのみが頼りとなりなってしまうが、何とかコマ図をひとつづつクリアしていく。GPSは使えないので前走者の土煙を発見すると安心する。

 心配していたライディングには問題無く、スピードが乗るので逆に安定するようである。しかし、砂のワダチが深いところなどが突然現れるとヒヤリとする場面もあり、無理は禁物であることを再確認した。今回のラリーでは以前から決めていたことの中で、「競技を忘れる」ということがあった。これは、絶対に守ろうと前々から決めていた。例えば、後ろから抜かれるとすると、その人の土煙がかぶらなくなるぐらいまでしばらく減速する。絶対に追いかけない。ただし、その後は、自分のベストのペースを出来る限りキープする。そうしようと決めていた。ラリーは長い時間と距離の積み重ねである、モトクロスの15分~20分ぐらいの勝負であれば、ホールショットのまぐれ当たりで良い結果になったりもするが、ラリーではまぐれ当たりは通用しないだろうと予想していた。後ろから来た人を追いかける=オーバーペース→無理なライディング→転倒→故障→修理→リカバリーのための無理なペース→転倒・・と悪循環になるだろうと考えていた。実際パスされることは何度もあったが、付いていくことは無かった。
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# by xr_kaz | 2006-03-02 20:16 | BTOU05

北京-ウランバートル日記 第9話

ETAP2
 朝起きて朝食を手早く済ませ、昨日の残った作業をしにコンテナヤードに向かう、今日も暑く、影を求めて貨車の近くにバイクを移動し、タイヤのエアを見てPIRRELIのステッカーを貼り、GPSをタイラップバンドで固定する。今日スタートとは思えないほどゆったりとした時間が流れている、しかしこの雰囲気も第二陣が来ると一変する。昼食とランチパックが配られ、スタートまで時間が無い中二陣の方々が自分のバイクを確認したり、ばたばたしているのを見てやっとスタートが近づいていることを実感した。キャメルバックに水をいれ、バイクの水タンクに「命の水」を入れる。このタンク単車屋のアンダーガードに付属のもので、2.5リッター入り実際飲まなかったが、精神面での大きな支えになった。キャメルバックの水を遠慮無く飲むことが出来たのはこのおかげだった。
ブリーフィングが終わり、ガードを着てキャメルバックを背負う、ジャケットを着てファスナーを閉めると、何もしてないのに汗が噴出してくる、かなり心配になってきたが行くしかないのでスタート地点へ向かう。コンテナヤードから出るとすぐに砂の道があり、感触を確かめながら走行する。タイヤのエアが2Mpa入っているので砂利でかなりすべる。しかし、スピードを上げていくと違和感を感じ無くなった。スタート地点に到着するとすぐにエコのスタートが始まる。40番まではまだ時間があり、しばらく待つことになる。キャメルバックの水を飲むと温い水が口に入ってくる。普段日本ではない状況で水をどれだけ飲めば良いのか解らない、取りあえず口に含んで少しずつ飲むようにしてみる。喉の渇きはおさまったが、汗が止めど無く出てくる。早く走り出したいが、まだエコのスタートが終わっておらず、もう少し待ちそうだ。周りを見るとトラックの陰にみんなたかって涼んでいる。真似して入ろうとするが、トラックのエンジンがかかり走り出してしまった。みんな散り散りに自分のバイクに戻りそれぞれに時間をつぶしていた。ようやくチェックカードをもらいスタートラインに並ぶ。
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# by xr_kaz | 2006-03-01 18:34 | BTOU05

北京-ウランバートル日記 第8話

整備も終了し、ホテルに帰り昼に行ったレストランで晩御飯を食べ、帰りにレストランの広場をはさんで向かいの「超市」に行き、水とビールを買い込みE-OFFのメンバーと宴会に突入する。今回うなぎさんと同じくお世話になっていたのがE-OFFで、e-offとは宴会OFFの略とのこと、その名前に負けずみんな宴会が大好きらしく、楽しく過ごさせていただいた。メンバーは見た目は普通のおじさんだがバイクに乗ると激しいライディングを見せるオッジーこと尾島さん、(←実際昔、駅で待ち合わせしたとき、スーツ姿の尾島さんを見たが一瞬誰か解らなかった)ラリー経験豊富なカワチャンこと河田さん、いつもニコニコ西村さん、和歌山の元(現?)ロードレーサーの田端さん、埼玉のキャンパー戸井田さん、の楽しい面々だった。この日レース前というのにリラックスしたまま終了することが出来たのはこのメンバーのおかげだった。
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# by xr_kaz | 2006-02-28 19:41 | BTOU05

北京-ウランバートル日記 第7話

部屋に入りしばらくして昼食の時間となり、ホテルから広場をはさんだ反対側にあるレストランで昼食をいただく、食事はSSERが手配しており、みんな同じメニューが出てきた。メニューは羊の肉の入ったうどんのようなもので、におい消しにテーブルの上にあった胡椒をたっぷりかけて食べた。私はこのような過酷な状況の場合出されたものは全て食べるようにしていた、うまいまずいではなく、これからの6日間を考えると、食べないことによる体力の低下を避けるため、そうしようと決めていた。
昼食を終え、いよいよバイクに対面するためコンテナヤードに向かう、SSER手配の定期ピストンバスにスーツケースを持ち込み出発する。10分ほどして、駅の線路脇にあるコンテナヤードに到着。そこにはすでに到着したバイクと大量の10kgバックの赤い塊があった。自分のバイクに対面できさらにラリームードが盛り上がってくる、神戸で梱包した時のガムテープが溶けて糊がタンクにベッタリ付いている、また、スポンサーのステッカーが剥がれ、ぶら下がっている状態となっていた。フロント周りも頑丈に梱包していたが、他のバイクと輸送中に当っていたと思われる傷があちこちにある。確認したところカウルとフェンダーだけの傷だったので安心していると、ICOの照明配線が風防にはさまれて断線しかけていた。ここで気が付いてよかったと安心し、さっさと配線をやり直す。ここで早速うなぎさんの工具のお世話になった。配線の断線を直すとスロージェットが薄い(はず)とのことで、日本からフルパワー用のスロージェットを持参していたので交換しようとキャブを開けるが、すでにフルパワー用のジェットが入っていた。(このとき本来はエアスクリュー開度を変えないといけなかったのだが結局そのまま最後まで走ってしまった)
自分のバイクは終了し、まるのバイクのスローを変えないといけなかったので暑い中水を1リッターほど飲んでから取り掛かる。まるのバイクはキックによる体力消耗防止のためセルを取り付けている。そのためフライホイールが重くなっており、そのせいなのかエンジンをかけてアクセルを開けるとエンジンが止まってしまう、神戸で気が付き対策としてスローやその他のセッティングパーツを持参していた。本来ならばもっと早く気がつくべきであったが日本にいたときは静かなマフラーのバッフルを付けていたため気づくのに遅れてしまった。中国に送るに当って初めてフルパワーにしたためそうなってしまった。
スローを交換すると若干症状も改善され、エアスクリューの調整でなんとか我慢できる状態にまでなった。しかし、セッティングと言っても、チョークを引いたまま普通に乗ってしまう彼女に合わせるので、セッティングの最終点は結局「これでいいや」ってことで終了した。しかし、今回お世話になった石原さん(通称? “うなぎ”さん)には驚いた。エアスクリューの調整のための特殊工具(昔の人が吸ってたキセルのような形のドライバー)を持ってきていたのである。そのほかにも考えられた、一つ一つの選定にプロの意志が入った工具の数々、私など、ウエストバックに入る以外に工具などもって行っていなかったのでかなりうなぎさんの工具のご厄介になっていた。
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# by xr_kaz | 2006-02-27 21:08 | BTOU05

北京-ウランバートル日記 第6話

今日は国境を越えていよいよモンゴル ザミンウッドヘ、ホテルを出ると国境まで時間はかからなかった。国境へ到着後、出国カードを記入し、出国審査へ、建物は綺麗で、国の玄関らしい重厚な作りであった。バスを降り、我々は徒歩でその建物に入りバスは運転手以外は無人の状態で建物の外を迂回して反対側の出口に来た。そこからがバッファゾーンとなっており、何も無い荒れた大地が地平線まで延々続いている、遠くにモンゴル側の国境の建物のようなものと、中国側の見張りの塔が見える、「ここを走り抜けると撃たれるんだろうか?」などと考えると日本にいては感じることの無い緊張感が走る、しかしそれも国境タクシー?の人間と荷物の絡み合いを見て緩んだ。荷物満載のため人間の手のやり場にすら困ったらしく、窓から手が不自然な状態で出ている、しかもその車のボンネットにはマネキンの胸だけが縛られもせずそのまま置いた状態で走行している。すごい根性である。
バッファーゾーンを抜けモンゴル側の国境に到着するとそこには、中国側とは異なる日本の村役場ぐらいのサイズの建物が建っていた。外観は綺麗とは言えず、中国との国力の差を感じた瞬間だった。こちらでもお約束の入国カードを記入すると、審査の列に並ぶ、こちらの人間は列に並ぶという習慣が無いのか真っ直ぐ並んでいる日本人の前に普通に割り込んでくる。そのため、入国審査は大渋滞となっていた。入国審査の順番が来ると、入国カードを見た検査官が、私の書いた字が読めなかったらしく、パスポートを見ながらきれいな字で書き直してくれた。
 入国審査が完了し建物の外に出ると見慣れたビッグホーンにゼッケン付のオフィシャル車両に出会った。ようやくラリーに近づいた気がしてきた。そのままバスに乗車し、砂にまみれた町並みを縫うようにしてホテルに到着した。ホテルは駅の前にあり、この町で一番のホテルとのことだったが、部屋のグレードによる当たり外れが激しく、外れは扇風機すらなく、ベッド2個に数人の人間といった状態だった。幸い私と妻は3階の「当り」の部屋があてがわれ、快適?に過ごすことが出来た。
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# by xr_kaz | 2006-02-26 21:14 | BTOU05

北京-ウランバートル日記 第5話

今日はエレンホトまでバス移動、途中、万里の長城が見えるパーキングエリアに止まる。記念撮影などをし、まだこの段階では観光気分だった。さらに移動し、昼食の時間となり、弁当が配布される、これをビールとともにいただく、まだ観光気分である、中国製?の道路掃除機を見たり、景色の写真を撮ったり、しばらくは飽きずに乗っていた。どこかの大きな町を抜けてから今日の山場が現れた、ダートである、まだだいぶ距離があるが、運転手の判断で、渋滞をさけようとダートに入ったのである、モンゴルのピストなどと同じで、草原の中に自然に出来た道路を進む。確か2時間ぐらい走ったところで間違いに気付いたらしく、来た道を引き返す。また同じ町まで戻り、今度は国道が走っている方向のダートへ入る、ダートを西へ夕日に向かって走る。途中パン、バナナ、おにぎりなどの(非常食?)をもらい、今日中に付くのかと不安を抱く、いくつも枯川を渡りこんなところを観光バスで走れるのか?という道を進む、暗くなりかけ、遠く右方向から明らかに早いスピードで左方向へ動く光が見えてきた、それが近づくにつれ国道であることが解った、国道へ付いたときにはあたりはかなり暗くなり、ひさしぶりのアスファルトに出たときにはバスの中で歓声が上がった。こんな体験はなかなか出来ないだろうと思った。そこからは工事中の道路を右へ左へ縫うように走る、町の明かりが見えてきたのは夜中の1時を過ぎていた。到着は2時過ぎ、移動時間19時間のバスの旅であった。ホテルに到着すると、そのまま宴会場へ通され明日の連絡があるのかと思っていたが、料理が出てくる、時刻は午前2時すぎ、みんな眠い目をこすりながらの宴会となった。
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# by xr_kaz | 2006-02-26 02:14 | BTOU05

北京-ウランバートル日記 第4話

気を取り直して、空港の外に出るとタクシーがたくさんいる、配車の係員のような人間もいてここなら安心と、大型の見るからにハイエースと同じの『ジンベイ』という車を選ぶ、距離で幾らとの一覧表をみて安心してその車を選ぶ、まるが助手席に乗るというのでメーターの確認をさせ、いざホテルへ、高速道路を走り出すと、中国の発展を象徴するかのように高速道路がまっすぐ伸びている、道路の脇を見ると、庭先を高速道路のために切り取られた家が目立つ、強制収用とは聞いていたがすごいものである。日本では空港作るのに何十年もかかっているがそれでも日本のやり方のほうが良いと思う。しかし田舎の方では暴動になったらしい。そのうち大きなしっぺ返しがあるんじゃないかと心配になってくる。
高速の料金所を過ぎると運転手の落ち着きが無くなる、どうも道がわからないらしい、みんなで看板を探すと目的のホテルの看板を見つけ運転手に教える、この運転手良い人だったが、途中で車を止めて道を聞きに行くなど、全然ホテルを知らなかったらしい。何とか到着すると、時間はブリーフィング開始の18:00を10分ほど過ぎている。しかし、荷物を部屋に預けないと身動きが取れないのでチェックインをする。そうこうしていると、SSERの黒川さんがきて「今すぐ荷物を持ってブリーフィングに来て」とのこと、ブリーフィングに行くと、皆さん待って下さっていたらしく、コップに注がれた水が減っている、(皆さんその節はご迷惑おかけしました)一番最後に席に着くと、ブリーフィングが開始となった。
ブリーフィングでは諸注意、明日からの行程がSSER代表の山田さんよりあり、明日は朝からバス移動となり、12時間以上かかるとの説明があった。また、国境では写真等の撮影はしないこと、との注意があった。
今日の晩はみんなで食事会であった、宿泊ホテルから15分ほど行ったところの中華レストランでこれから一週間一緒に過ごすメンバーとの顔合わせをする。宴会後、ブリーフィングに遅れた九州組みは黒川さんの部屋で受付をしてもらい、衛星携帯電話番号の登録、エマージェンシー時の注意事項を書いた書類などをもらった。
 その後、私はGPSの使い方の勉強会を友人を講師に行ってもらった。準備不足・・・
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# by xr_kaz | 2006-02-24 21:43 | BTOU05

北京-ウランバートル日記 第3話

チンタオに到着すると、建物が意外と綺麗でイメージとのギャップを感じる。トランジットにあまり時間が無いので出発口に向かう、中国では、国内線なのに出国審査のようなパスポートチェックがある、中国人も何か見せているようで、審査を同じ列で受けていた。審査の列に並んでいると隣のVIP専用レーンでインド人が必死に抗議していた。その手に持っていたのは果物のジャムのようなもので、どうも持ち込めないといわれているらしい、あんな物も持ち込めないんだと思っていると自分の順番となり、結末は見れなかった。
 中国の国内線は覚悟して乗っていたのだが意外と機体もちゃんとしていて、日本とそんなに変わらない、逆に普通すぎてがっかりするが、飛行機の操縦は荒かった。
 中国へ到着すると、ここもまた比較的綺麗な空港である。チンタオで預けた荷物を受け取ろうと手荷物受取場に急いでいると、案内係風の女性に呼び止められる、
「どこのホテルにするのか」
と聞かれ、昨日のうちに書いていた中国語のホテル名を書いたメモを見せると何処かへ電話して
「このホテルは遠いから近いホテルを紹介する」
みたいなことを言われ、
「いやいや私たちはここに行かなければならない」
と片言の英語で説明しようとするが通じないようで無視して手荷物検査場へ行くことにする。
 全員何事も無く中国入国完了し、韓国のインチョンで聞いたように総合案内で場所を確認しようとするが、はじめに聞いた男性は、ホテルの案内だとわかるとそれは隣の女性に聞けとばかりに手で合図する。(そういえば昔、香港の空港でその航空会社のチケットを持っているにもかかわらず、乗り場を聞いたら「It’s not my job」って言われたのを思いだした。) その女性に聞くと、中国人の書いた漢字でホテル名のメモを書いてくれた。
 タクシーに乗ろうと歩いているとタクシーの呼び込みのおじさんが寄ってくる、ホテルのメモを見せると¥500との一覧表を見せられる、今考えればめちゃくちゃ怪しかったのだが、ついていくと、地下の駐車場に行き、荷物を積み始めたが、小川さんから「やばいんじゃないの?」と言われ、もう一度確認すると、500元とのこと、「高いやめよう」とみんなでもと来た場所に戻ろうとすると「400元でOK」と言ってきたがやめることにする。よく考えると地下駐車場なんかに行く時点で危ない行為だったと反省しきりだった。
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# by xr_kaz | 2006-02-24 18:35 | BTOU05

北京-ウランバートル日記 第2話

ようやく手荷物も預け、いざ出国と思っていると、私より先に入ったまるが手荷物の検査官に止められ、バックの中身を全部出してなにやら探している様子、近づいて話を聞くとどうもハサミを持ち込んでいるらしい、しかし本人は持っていないといっている。探していると、サロンパスの袋を発見し、検査官があけても良いかと聞いてきたのでOKというとその中に入ってました。いまさら預けるのも大変なのでその場にあるクリアの回収箱に投函し終了。
 何とか審査も完了し、機上の人となる。今日は韓国のインチョンまでで、明日中国のチンタオ(青島)経由で北京へ向かう、韓国へ到着すると、ホテルの場所すらわからないので空港の総合案内カウンターへ行きホテルからの迎えを頼む、インチョン空港の総合案内カウンターは日本語が出来る人がいて大変便利、そのあとの中国では、「これが中国なのだな」と実感することになる。
 ホテルに着くともう夜11時を過ぎ、飯を食いに行く雰囲気でもないので表のミニストップに行く、おにぎりを買おうと思うがハングルで書いてあり全然何味かが判らない、マルはにおいを嗅いだりしていたが、とりあえず感でツナマヨ?をとり購入、みんなそれぞれ珍しいものを手に取りホテルに戻り遅い夕食とする。
 次の日の朝、昨日と同じコンビニで朝食を済ませるとホテルの車で空港へ、今日は中国入国である。韓国からの出国審査を済ませると、やっと時間が出来、空港内のレストランでビビン冷麺を食べる、タレが甘すぎて残してしまう、イマイチだった。後でA-TECのナビの方(校長先生の息子さん)に聞いたのだが、空港のトランジットホテルのほうが美味しいらしい。
 飛行機の時間がきて、青島(チンタオ)行きの飛行機に乗る、そういえば国際線はどんなに短くてもビールが無料だし、食べ物が出る。離陸し、高度が上がるとすぐ、配膳を始め、食べ終わるタイミングでコーヒーが出てきて、飲むか飲まないかの時間で、回収に来る。そこまでして食事を出さなければいけないのだろうか?疑問に思うが、結局全部食べた気がする。
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# by xr_kaz | 2006-02-23 20:20 | BTOU05

北京-ウランバートル日記 第1話

今日も暑い、30度はゆうに超え外にいるとめまいがしてきそうである。
馬場ちゃんを迎えに高速のバス停へ急ぐ、到着の連絡があってから出発したため20分強待たせていた。
 バス停に到着すると木陰でマップに向かいながら蛍光ペンを走らせている小柄な馬場ちゃんを発見し、ホーンで知らせる。いつもと変わらない笑顔の馬場ちゃんである。熱中症などとは無縁なんだろうなとその笑顔から勝手に想像する。
 馬場ちゃんと合流後、昼食を食べに行くついでに最後の買い物を済ませ、長かった髪を短髪にし、出発に備える。
 今日昼まで仕事の掘エッチが15:00ごろ到着し、荷物をさっさと積むと出発の段取りは完了。しかし何か気になる、積み込み忘れは無いかもう一度家の中に確認に行く、そこにあったのはパスポート、チケットの入ったハンドバック、一瞬血の気が引いた・・・

 出発後、高速道路を福岡方面へ、途中ひどい雨が降っていて台風が近いことを思い出す。日本最後のご飯ということで、ラーメンを食べに行こうと車の中で盛り上がっていたが、空港の最寄のインターで渋滞につかまる。「九州道で渋滞って?」と思っていると堀エッチの携帯に、「今日は花火大会があるので大宰府インター付近渋滞するかもよ」との内容のメールが小川夫人より届く、時間が心配になってきたが、3kmぐらいなので何とかなるだろうと安心する。しかし、ラーメンがやばいか?
 結局ラーメンもしっかり平らげ、空港に到着、駐車場を探そうとターミナルをぐるぐるまわり、一泊700円のところに決定し、業者に連絡をとる。業者に支払いをしていると見慣れたハイエースが通りかかる。小川さんである、小川さんは四国のフジーくんと竹田さんのメカニックで今回参加する。我が家も頼みたかったが金銭的な余裕が無く、嫁の「マル」は愛知のうなぎさんに頼んだが、私と掘エッチ、馬場ちゃんはメカニック無しである。
 小川さんと合流後、手配したチケットを受け取りに旅行代理店のカウンターへ向かう。旅行代理店の受付で、航空券を受け取り確認すると、小川さんと馬場ちゃんだけが帰りのインチョン→福岡の時間が違う、このままでは韓国で10時間ぐらい待たないといけないことになる。馬場ちゃんの予約確認メールを見るとみんなと同じ時間になっているので代理店の間違いであるのは明白だった。あちこち電話したあとで何とか同じ便に変えてもらうことが出来たものの先行きが不安になる出来事であった。
 チケットももらい、航空会社のカウンターに行き搭乗券に変えてもらう、ここでまた問題発生である。私の荷物が20kgが限度のところ35kgある15kgのオーバーチャージで1万数千円払えといわれる。さらに通常グループで重量をシェアしてもらえるがここでは出来ないという、しかし小川さんは預け入れ荷物が無いので、重量的にはシェアすれば全然問題ないはずである。何とか交渉していると、そのカウンターの責任者らしき人が出て来て下さり、すんなり「シェアOK」とのお言葉をいただく。助かった。小川さんに「ビールでもおごりますね」とお礼を言ったが、その後ビールをおごってない気がする・・
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# by xr_kaz | 2006-02-21 22:33 | BTOU05


オフロードバイクとの日々
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